超論 石川蓮

超論 3.11を起点に創る新しいニッポン 石川蓮

・被災者の皆様におしえていただいたこと「いのち」「まごころ」「ふるさと」 の大切さ

「カネやモノより大切なことがある、心豊かな生活、支え合う絆、そしてふるさと」

 一年前の3.11、着の身着のまま避難所ヘ 、家ごと全ての物をさらわれてしまった被災者の方々には衣食だけでなく住、そしてさらに職まで失ってしまった方が多かったと聞きます。

それにも関わらず、取り乱すことなく礼節を守っていらしゃいました。海外からは驚嘆の言葉が寄せられました。

中国に、衣食足りて礼節を知る、という言葉が有ります。衣食が足りていないと礼節というものは分からない、と読めます。アブラハム・マズローなど欧米の欲求階層の考え方も似ています。衣食足りること、つまり経済的な充足を前提とする考え方、カネが前提の考え方、これは大陸のものかも知れません。

衣食さらに住足らずとも礼節を守る、これが日本人だと知らされました。

星野哲郎は、ボロは着ててもココロの錦、どんな花より綺麗だぜ、と残しました。金峯山寺の田中利典氏はおっしゃいました。地震による福島原発の事故や、うち続く災害でわかったことがあります。それは効率優先という名のもとの経済発展がもたらした、豊かさが持つ危うさであり、自然への畏敬や大地への祈りと感謝を忘れた行為の愚かさでした。

「雨にも負けず     宮沢賢治
雨にも負けず  風にも負けず  
雪にも夏の暑さにもまけぬ  丈夫なからだを持ち  
欲はなく  決していからず  いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と  味噌と  少しの野菜を食べ
あらゆる事を  自分を勘定に入れずに
よく   見聞きし  分かり  そして  忘れず
野原の松の林の蔭の  小さな萱ぶきの小屋に居て
東に病気の子供有れば  行って看病してやり
西に疲れた母有れば   行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人有れば  行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟が有れば  つまらないから止めろと言い
日照りの時は涙を流し  寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにデクノボウと呼ばれ  ほめられもせず  苦にもされず
そういう者に   私は成りたい

心豊かに生きるとはこういうことではないでしょうか。宮沢賢治は被災地岩手の出身です。

ほんとうの豊さとは何かを考えなおす機会をあたえていただきました。
最近の日本人はココロよりカネを求めて来たように感じます。欧米を手本とするあまり日本人の大切なものを忘れてしまっていたのではないでしょうか。

   家を失い町を失った方々の多くは、所は変わっても一緒に住みたいそうです。

家族を亡くし天涯孤独になった高校性が、廃墟と化してしまった町の復興に自ら進んで立ち向かおうとしていると知りました。

都会に住むわたくしどもが家を失い職を失いさらに家族まで失ったら生きていけるか。自問自答してみると、難しいように感じます。

一方で感受性豊かな都会人は、生活を家庭第一にしたり、カップルは結婚へと進め、まずは家庭のつながりを強めようと感じ取っているように見えます。
家族との心のつながり、地域での心のつながりを見つめ直す機会をいただきました。

   近隣諸国との対比で、日本は家族主義ではない、必ずしも血族や家族を最優先に考えない民族と言われます。

これは必ずしも血族や家族をないがしろにするという事ではなく、地域のつながりを大切にしているという事と分かりました。

心のつながりは共感から生まれます。全ての日本人に共感できる豊かな感性は有るか、同じ日本でも都会人の全てに共感する心は有るか、疑問に感じました。テレビに映し出される人達の震災後の眼差しでそれを感じ取ることができました。情感が瞳に宿るアナウンサーとそうでないアナウンサーがいました。がんばれ東北、の声が空々しく聞こえる人が有りました。

近年の研究で、悲しみを共有した経験の無い人には、悲しみばかりか喜びも怒りも共感出来ない事が分かって来ました。

また、机の勉強ばかりで過ごした人には他との比較でしか自分を評価できない、それも優越感と劣等感のどちらかしか無い、という事も分かって来たそうです。

日本の教育は知識をためる事、そして競争をルールとしてきました。社会も勝ち組と負け組、二極化の兆しが有ります。人と人との共感を得る機会がとても少なくなったような気がします。

   GDP(経済指標)ではなく幸福度あるいは希望が大切と言われるようになりました。幸福度を国民指標にしているブータン。来日された国王夫妻はすがすがしい気持ちを与えてくれました。さながら涼風が通り過ぎたようでした。

自然災害の多い日本で生きるにはもっと根源的なものが求められそうです。少なくとも日本で大切にすべきものは、経済指標でも、数字で測れるような幸福や希望、といったものではなく存在としてのヒトに必要不可欠な心のつながりではないでしょうか。

そして、それを形成させる共感力ではないかという気がします。

たび重なる自然災害、さらには東南海大地震とか北海道沖大地震といった巨大地震の可能性が有る今、ヒトが生きるために最も大切なものを養う必要が有ります。

いまだに先の見えない東北の方々に幸福はおろか希望といった言葉はまだまだ似つかわしくないと感じます。しかし、総体としてですが、たくましく生きていこうというエネルギーはひしひしと感じとれます。

ものごとの本質は極限状態でこそ分かると言われますが、正にそのとおりです。 切羽詰まった情況で最も大切なものは何か。何も無い状態で困難に立ち向かっていく力は共感できる仲間の存在ではないでしょうか。

ソーシャルネットワークなどで心のつながりがつくれたと勘違いしてしまいがちです。秋葉原殺傷事件の若者はネットを通じた強い結びつきが有ったようですが、家族や友人との心のつながりが乏しかったようです。リアルに目と目をあわせて気持ちを通じ合うことで強い心のつながりができます。

職場や学校が競争の場になってしまい、真の仲間をつくる場としては頼りない存在になってしまいました。財政状況そして日本人の政治能力の弱さから考えると国や自治体にこのことを依存出来そうもありません。新たなムーブメントを興す必要を感じます。

 「までい」という素晴らしい言葉を知りました。福島県飯舘村です。

飯舘村福島第一原発の30キロ圏外ですが、高濃度放射能のため全村避難になっています。

飯舘村は「までいライフ」を掲げています。心を大切に、ニッポン人の基本を見直そう、大量生産大量販売大量廃棄から抜けだそう、今までのような東京を目指した無いものねだりをやめて、有るもの探しで地方からニッポンを立て直そう、と訴えて活動をされてきました。
それがいま全村避難でふるさとを追われています。

SPIIDOという放射能汚染予測システムでは原発事故後の早い時期から飯舘村の危険性は分かっていたそうです。本来ならば国への避難や泣き言を言いたいところでしょう。放射能を浴び身体の荒廃が進み、更に心の荒廃へと進んでいるそうです。

厳しい境遇に有りながらなお訴えていらっしゃる「までい」です。なんとか全国的な大きなムーブメントに強く強く思います。



・大震災そしてフクシマが教えてくれたこと


「文明の大転換」経済至上主義から人間至上主義ヘ

   原発事故により、多くの方々のかけがえのない生活そして故郷が失われてしまいました。さらに放射能汚染の危険性が今なお続いています。

フクシマを見て世界は原子力発電の位置づけを大きく変えました。地震が無い国でさえ脱原発を決めました。経済発展やそのための効率追求より、生命の安全と生活の安心を選ぼうとしています。近代文明は第二の転換期を迎えようとしています。
 
不幸にもそして偶然にも、近代文明の第一の転換期、科学技術を軍事利用から平和利用へと向かわせたのはヒロシマナガサキでした。日本でした。

 経済至上主義から人間性至上主義への転換が求められています。
しかし、エネルギーも問題をないがしろには出来ません。日本人全ての人に大きな問題が突きつけられています。

原発事故だけでなく自動車も人々に災難と恐怖を運びました。今回の震災で自動車が凶器になったところが有ります。津波で流された自動車に轢かれたり押し潰されたばかりか、津波で押し寄せた自動車が発火し避難場所(石巻市門脇小学校)が炎上したりしました。

もともとエンジンという重くて熱い金属の塊を載せていますし、点火だけでなく引火による爆発火災の危険を持つ揮発油を搭載しています。ひとたび事故が起きれば、その熱く重い塊が吹っ飛んできたり、自動車が火だるまになる危険性を持っています。勿論そのリスクを最小限にすべく自動車メーカーは不断の努力を払ってきました。堅牢なボディーや非常時に乗員を守る構造を持った安全車が増えていますが、多くの道路で乗用車と大型トラックや大型バスが走っています。考えてみれば危険この上ない状況に日常的に直面しています。概念的本質的には原発と変わらない危険性を孕んでいます。いずれ交通システム全体としての見直しの必要性が求められるに違いないと感じます。

 原発や交通システムなど文明の利器だけでなく、人間が作ってきた様々な制度・決まり・仕組みも人間至上主義への転換が求められています。

縦割り組織や、様々に決められた制度が今回の震災復興のあしかせになっているようです。網の目のように張り巡らされた法令でがんじがらめ、縦割り行政ともあいまって復興にブレーキをかけています。

文明の利器全体について再点検をする良い機会が与えられました。
法律や制度など社会を運営する仕組みも、緊急時に大丈夫か再確認して置く必要が有ります。

どちらも人間生活を便利に効率的にするように考えれれて来た文明そのものです。いま文明の大転換が求められている、と感じています。



「日本の大転換」規模=量の経済から質=創造の経済へ


 東北がそして日本が世界の製造業の首根っこを押さえていたことが分かりました。自動車産業だけでなく、世界の多くの産業に支障をきたしました。

これが白日の下に晒されてしまった以上、黙って見過ごされるはずはありません。日本以外の場所で同じ部品を作れるように算段するに違い有りません。

同じような産業を他の国で始められたら価格競争に陥ります。
日本の産業の競争力が試されます。

価格競争の泥沼に陥らないために、真に無くてはならない、代替のきかないモノづくりに特化していく必要に迫られます。創造力がないと生き延びて行けない時代が到来します。

もともとメイドインジャパンは海外ではとても賢い、創造性豊かなモノと受けとめられていました。トランジスタラジオ、ウォークマンやカラオケ、カップヌードルにショウユソース、そしてハイブリッドカーなどニッポンは多くの画期的な商品を創りだしました。

さらに日本食ポップカルチャーも世界の人々の生活にブレイクスルーをもたらしました。日本文化への注目度は高くなるばかりです。

 大量生産大量販売のアキレス腱も露呈しました。大量生産大量販売は走り出したら止まれないことが分かりました。大量生産大量販売が停止したら利益が出ない、企業が成り立たないということです。

しわ寄せは弱いところに最初にきます。今回の震災で多くの中小企業の倒産をもたらしました。日本にとって致命傷になるのは、産業の生命線である職人力を傷めてしまうことです。

見逃せないのはむしろこちらです。中小企業の現場の強さを失ってしまったら大企業そのものが立ちゆかなくなるのは目に見えています。

大企業依存でなく自立できる中小企業にすること。これは簡単なことでは有りません。人間至上主義で考えれば余計に大きな課題が有ります。倒産リスクの少ない大企業のサラリーより、倒産リスクが大きくかつ創造力を求められる中小企業のほうがサラリーが低いという本来的な矛盾が有ります。

   就職難の時代が続いています。名目上の失業率はさほど高くなくても心理的な失業率つまり望む職業に就けない若い世代が多数発生し、能力を発揮できていない若者を多く抱える日本経済にとって大きなロスになっています。

高齢化で就労者数が少なくなっていくのと相俟って、日本にとって重大問題です。高齢者への年金を若い世代が負担することが心理的な負担、先行き不透明どころか先行きの暗黒を暗示させています。働く高齢者を増やすことも喫緊の課題です。

最も深刻な問題は希望の持てないことです。若い世代に夢と希望の持てるニッポンを取り戻さなくてはいけません。

 戦後の日本はアメリカを目標に頑張ってきました。グローバル化と言葉は変わってもアングロサクソン流のやり方であることは不変です。

自殺者数の増大が象徴的ですが、頼れるのは自分しかいない、個人間競争という社会ストレスの大きなやり方です。和をもって尊しとしてきた日本人には似つかわしくない競争社会です。

必ずしも集団主義ということでは有りませんが、競争より協奏、力を合わせて一緒に目標を達成していくことが日本人は得意です。

農耕民族と狩猟民族、とステレオタイプに語るつもりは有りません。明治維新から数世代を経て日本人のDNAにも変化を来しているはずです。

しかし海外の人々から日本人を見ると、他の国の人々に比べ民族性つまり人間性に大きな変化はない、というのがもっぱらの見方です。まだまだ間に合います。

明治維新以降、そして戦後、相当大きな無理をして近代文明を取り入れ、国際社会の中で頑張ってきました。世界記憶遺産であらわになった炭鉱で働いた人々の悲惨さ。女性の過酷さは目を覆いたくなるほどです。男性と同じ労働を強いられたばかりでなく、育児や家事一切まで背負わされていたそうです。電化製品など何も無い時代に!(山本作兵衛さんの画文集、炭鉱に生きる)

そして近年その実態が少しずつ明らかになってきた太平洋戦争中の第一線兵士の人間性を無視した扱い。

いっぽう明治になっても、江戸時代から金の鉱山で働く坑夫は職人として強い誇りを保っていた。彼らは炭鉱に来ても凛とした風情で他を圧倒した、と書かれています。

日本人は人間らしくない生き方を、明治以来してきてしまった。中小企業や女性といった社会の弱者に犠牲を強いた経済発展でした。

 日本の大転換は、量から質、大量生産大量販売型産業から創造型産業への転換です。

創造力を働かせる事は容易では有りません。真似をしちまえばよいと考える人々が海外にたくさん存在するからです。

創造性に舵をきったら創造性で走り続けるしか有りません。しかし真似をされたら、その先の新しいやり方を創れば良いだけです。

今までは大量生産大量販売で走り続けてきましたが、その走り方を創造性に切り替えることです。

どちらにしても国際社会で生き延びるには走り続けるしかない訳ですから、得手に帆を上げる、日本人の得意なやり方で生きる方がストレスが少なくてすみます。    

これまで掲げてきた課題は従来の産業構造の中では解決困難です。政官民、日本の社会人全体で取り組み産業構造そのものを変革しないと解決できない重い課題ばかりです。



「海外から評価されると気づく日本人」

 東北出身の井上ひさしさんが述べています。「日本人は、自分の国が一番いいとは思っていないのですね。絶えず、いいところは他にあると思っている。」(日本語教室)

だから今回の大震災の困難の中で礼節を守る日本人を海外メディアが絶賛して初めて、被災者の方々の素晴らしさに気づく。残念ながら、そういう部分が有ります。

古来から、日本は世界で一番強い文明を勉強します。世界で初めて印刷技術を発明した当時最先端の中国文明、ヨーロッパ文明が発達を遂げれば信長たちが受け入れ、鎖国をしても当時世界をリードしていたオランダ、明治以降のイギリス、フランス、ドイツそして戦後のアメリカと、詳しい説明を要しないと思います。

 もし黒船が来なかったらどうなっていたでしょう。江戸末期、北海道や北陸、沖縄に外国船が出没し江戸幕府はそれを知っていました。しかし見て見ぬふり、これも日本人の悪い習性ですが、都合の悪いことは無かったことにする。日本の表玄関、参勤交代制度を通じ全国への情報網を持つ東京湾の鼻先に現れてしまった黒船。これで尊皇攘夷運動が生まれ、近代文明を受け入れる大きなムーブメントになりました。

 1980年代以降の空白と呼ばれた時代も、敗戦以降、戦後の復興、高度成長期、そしてジャパンアズナンバーワンとまで呼ばれるまで一目散にアメリカ文明を追いかけて来て追いついたと感じた瞬間、自分たちの進む道を見失ってしまった、と言えます。

 次の時代を創るとき、国内からの発信よりも海外からの発信をあえて創り出す。今度は自ら黒船を創るやりかたが最も効果的に違いありません。

古くは絵画のイノベーションである印象派の火付け役になった日本の浮世絵、そしてポップカルチャーの創成に日本の映画や漫画、アニメーションが役立ったように、日本の文化が世界を動かす可能性を持っています。どちらも日本人自体とは関係なく。。。

素敵なニッポンを創るヒントはここに有ると感じます。日本文化に根ざした新たな文明を海外から発信することで日本そのものが生まれ変わる、新たな道を踏み出す。


・3.11を起点として

   宮城県気仙沼市階上中学校卒業式−梶原裕太様の答辞から力をもらいました。
『階上(はしかみ)中学校と言えば防災教育と言われ、内外から高く評価され、十分な訓練もしていた私達でした。しかし、自然の猛威の前には人間の力はあまりにも無力で、私達から大切なものを容赦なく奪っていきました天が与えた試練というにはむごすぎるものでした。つらくて悔しくてたまりません。しかし、苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助けあって生きて行くことがこれからの私達の使命です』彼の力に成りたいと心から思いました。

   喉元過ぎれば熱さを忘れる、災害の多い風土だからという側面も有るでしょう。嫌なことは、無かった事にしよう、という方法も身につけてしまいました。

震災から一年です。今も困難に立ち向かっていらっしゃる方は数多く有ります。マスコミへの取り上げられ方が激減した事も影響しています。

しかし、あの日から毎日午後2時46分に欠かさず祈りを捧げている田中利典氏に続ける事の大切さを学びました。河瀬直美氏は半年前の9.11 にA sense of home  という世界のムーブメントを引き起こしてくれました。かけがえのない大切さを人類全体で考えるきっかけをお創りになりました。いま新しい3.11を迎え、今度は次の新しいステップを踏み出しませんか。


NHKテレビ「NHKスペシャル シリーズ原発危機」をつぶさに見ていると、原発事故は特定の人や組織の責任にできない事が分かります。

フクシマを防ぐ分かれ道はいくつも存在しました。
仮説として申し述べたいのは、責任は「みんな」だったという事です。そして経済一辺倒だったという事実です。

原発事故を回避するチャンスは幾度となく巡ってきた。「想定外」「起こるはずが無い事故が起こってしまった」では済まされない。

しかし、これをひとり電力会社や政府の責任と他人事で済ませられるとは到底思えない。日本人の問題、国民性。さらに文明開化以降近代文明を信じてきた歴史の流れを振り返り点検する必要が有るのは疑いがない。

利器と呼ばれた文明つまり科学技術の使い方を根底から考え直さなくてはならないと強く強く感じます。